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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和49年(家)1491号 審判

申立人 日本○○士連合会

代表者 大西義照(仮名)

相手方 北九州市八幡西区長

梶原馨

主文

相手方は昭和四九年八月一三日受付の申立人からの戸籍謄本交(送)付請求書をもつてなされた本籍北九州市八幡西区大字藤田○○番地筆頭者村井慎悟の戸籍謄本の送付請求について、同人の承諾書または確認書が提出されていないことを理由にこれを拒んではならない。

理由

第一  申立人代表者は、主文同旨の審判を求め、その理由として申立人は○○士の養成、警備、○○調査等の業務に従事する代表者の定めのある法人格なき社団であるが、相手方に対し所定の手数料、郵送料を同封のうえ主文記載の村井慎悟の戸籍謄本の交付請求書を郵送して同戸籍謄本の送付請求をし、同請求書は昭和四九年八月一三日相手方に到達したが、相手方は戸籍簿を無制限で公開することは憲法で保障された基本的人権を侵害するおそれがあるため同月一日から戸籍簿の閲覧または戸籍謄抄本の交送付請求の取扱いを変更し、その結果、本件請求には本人である村井慎悟の承諾書を提出するか、承諾書が提出できないときは請求する戸籍謄本を基本的人権の侵害につながるものには使用しない旨および戸籍謄本の使用目的を記載した確認書の提出が必要となつたが、これらの提出がないこと、更に確認書を提出しても同書に記載された使用目的が結婚、就職等の調査に使用する場合は請求には応じられないとの理由で送付を拒絶し、同請求書を申立人に返戻した。然し相手方の上記の理由で送付請求を拒絶するのは戸籍法第一〇条所定の戸籍の公開の原則に違反し不当なものであるから、同法第一一八条により相手方の同拒絶処分に対し不服を申立てる、というにある。

第二  よつて審案するに、本件記録中の日本○○士連合会の登記簿謄本、同連合会規約写、同連合会入会規定写、戸籍謄本交付請求書、村井慎悟の戸籍謄本請求についての回答書(添付の承諾書、確認書用紙を含む)、戸籍簿の公開制限に関する取扱要領写、戸籍謄、抄本など交付申請書、申立人代表者(第一、二回)、本多一郎(第一、二回)、福井雄一、川口雅男に対する各審問の結果を総合すると次の事実が認められる。

(1)  申立人は○○士の養成、警備、○○調査等の業務に従事し、法人格はないが規約をもつて代表者である理事長(現在本件申立人代表者)が定められ、継続的組織を有し、その構成員とは独立して対外活動、財産の管理等がなされている社団であるが、村井慎悟が申立人に入会の希望をしたため、申立人は申立人の入会規定や定款等に定める資格審査等いわゆる身元調査の必要上相手方に対し手数料、郵送料とともに村井慎悟の戸籍謄本交付請求書を郵送し、(上記各審問の結果によれば、相手方は交付諸求書が郵送された場合は送付請求とみなしてその取扱いをすることになつている。)昭和四九年八月一三日相手方に到達した。

(2)  相手方は、戸籍簿の本人または同一戸籍に記載されている者(以下本人等という)以外の者からの戸籍簿の閲覧または戸籍の謄抄本の交送付請求(以下単に交付請求ともいう。)が我が国のこれまでの事例の中でいわゆる差別行為に利用され、基本的人権の侵害につながるおそれがあつたので基本的人権の擁護の立場からこれを防止するために差別行為につながる閲覧、謄抄本の交付請求はこれを拒絶することにしたが、これらの請求が差別行為に利用する目的でなされたか否かまでを請求された段階で実質的に審査することが殆んど不可能であるとして、事務の統一をはかる内部の規定である戸籍簿の公開制限に関する取扱要領を定めた。それによると本件に関するものとしては、本人等以外の者から謄抄本の交付請求があつたときは、原則として本人等の承諾書を提出させて謄抄本を交付する。承諾書の提出がない場合は、請求する謄抄本は基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認する旨の確認書を提出させることにし、この場合は謄抄本の交付請求書(交付申請書を含む)に記載されている使用目的または同請求書に記載していないときは確認書に記載させる謄抄本の使用目的が結婚(婚姻)、就職等の調査に使用する場合は差別行為につながるものとみなして取扱う、すなわち確認書に請求者が基本的人権の侵害につながるものには使用しないことを確認する旨を記載しても、請求書または確認書に記載してある使用目的が婚姻、就職等の調査に使用するものであれば使用目的自体が基本的人権の侵害につながるものであるから、そのような確認書は認めないとの理由で、その請求には一切応じないことにし、この取扱要領は昭和四九年八月一日から施行した。

(3)  しかして、相手方は本件戸籍謄本請求に対して昭和四九年八月一四日上記村井慎悟の承諾書もまた確認書も提出がないので、申立人の本件戸籍謄本交付請求書に承諾書の用紙および使用目的記入欄と婚姻、就職等の調査に使用する場合は申請には応じない旨記入した確認書の用紙を同封して申立人に返戻した。

第三  先ず相手方が本件戸籍謄本交付請求書を返戻したことが本件不服申立の対象となる処分になるか否かについて考えてみる。

(1)  相手方は本件請求には本人である村井慎悟の承諾書がなく、また上記の確認書も提出されていなかつたので、相手方の取扱要領に従つて上記承諾書、確認書の用紙とともに返戻したのである。ところで上記の各審問の結果によると、この返戻は本人等の承諾書または確認書がないことの手続不備の理由で返送したものであるから、それらの書類の補正を促したもので未だ拒絶処分まではしていないかのような陳述もあるが、更にその審問の結果によると、相手方は本件請求について請求を拒絶する旨の明確な意思表示をしていないのであるが、相手方の返戻の事務手続は相手方の請求を認めないとの方針で受付簿の記入、決済等の事務手続をすべて完了して請求された謄本を送付せずに本件請求書および手数料、郵送料等本件請求に関するすべてのものを返送し、申立人からの再度の交付請求については申立人の任意によるものであつて、相手方には全くその用意がないこと、および上記の如くその返戻にあたつて申立人に婚姻、就職等の調査に使用する場合は請求には応じない旨表示したのであるから、少なくとも謄本の使用目的に関して一部拒絶の意思表示をしたことを考えると本件返戻行為は請求書とともに承諾書、確認書の用紙を申立人に送付した事実を考慮しても直ちにこれをもつて単に承諾書または確認書の提出を要請してその補正を促した行政上の指導とは考えられなく、更に申立人からみると、本件請求により謄本の送付を受けられるか否かの正当な判断を求める権利があり、しかもその送付を受けないことによつて不利益を蒙つているのであるから、相手方の返戻行為は送付請求を拒絶した本件不服申立の対象となる処分とみるべきである。

(2)  そこで、相手方が本件送付請求を拒絶したことの当否について考えてみるに、戸籍法第一〇条は何人でも手数料を納めて戸籍簿の閲覧または戸籍の謄抄本等の交付を、更に郵送料を納めて謄抄本等の送付を請求できる旨規定して、戸籍公開の原則を定めている。本来戸籍制度は人の身分関係の公示、公証をすることを目的とするものであるから、国民の法律関係に重要な影響を及ぼすものであり、その性質上これを公開し、広く一般の人の利用に供されるべきものである。然し、この原則は無制限なものではなく同条第一項但書によつて戸籍事務管掌者である市町村長は「正当な理由がある場合に限り、請求を拒むことができる。」と規定している。それは請求者が明らかに違法ないし不当な利用目的をもつて謄抄本の交付を請求した場合にはこの正当な理由に該当するものと考えられ、請求が差別行為につながると認められる場合市町村長において交付請求を拒絶できることは当然である。しかして差別行為につながる請求であるか否かをいかにして調査し識別するかについて、相手方は「謄本の交付請求があつた段階において実質的審査権がない以上、国から戸籍事務の機関委任を受けた相手方としては、戸籍公開の原則とこの公開を利用してなされる差別行為につながる交付請求を拒絶して基本的人権を擁護することを両立させる為には、一定の手続や裁量を必要とし、先ず本人等以外の者からの交付請求には本人等の承諾書の提出を必要とし、承諾書が提出できないときは、請求する謄抄本を基本的人権の侵害には使用しない旨の確認書を求め、その提出ができない者は謄抄本を人権上支障のある件に使用するおそれがあると推測して交付を拒絶することにした。この確認書については、未だ他の戸籍公開の制限に踏みきつた市町村長では本人等の承諾書や委任状がないときは謄抄本の交付をしない扱いをしているが、それは戸籍公開の原則からみて好ましくないので、確認書をもつてこれに代り得ることにしたのである。また交付請求書や確認書に使用目的を明記させるのは昭和四九年二月一五日付の法務省民事局長の通達(法務省民二第一一二六号)に基づくもので請求が差別行為につながるか否かを明らかにするために謄抄本を必要とする理由についての説明を求めるものであり、基本的人権の侵害につながるおそれのある婚姻、就職等の調査に使用する場合は請求に応じないことも上記の通達の趣旨を配慮して相手方においてそのような取扱いにしたものである。」旨主張している。

よつて検討するに、市町村長が請求毎に差別行為につながるか否かを具体的に調査し判断することは事実上困難である。しかしながら差別行為につながる請求を放置できないことも当然である。そこで手続面や裁量面での運用によつて差別行為の防止につとめなければならないことは相手方主張のとおりであるが、戸籍事務管掌者である市町村長はすでに説明した如く現行戸籍法の基本をなしている戸籍公開の原則の規定およびその規定されている根拠を考えると、同法第一〇条第一項但書の「正当な理由」を適用して請求を拒絶するにあたつては、慎重な判断と手続を必要とし、請求の使用目的によつて拒絶する請求を限定したとしても、交付請求を画一的、或いは一律的に拒絶することは好ましくないので、原則としてこれを避け、特に必要的、合理的な理由があり、しかも他に方法がないような場合等しかできないものと制限的に考えるべきである。これを本件についてみるに、相手方が謄抄本の請求には先ず本人等の承諾書を必要とし、これがない場合は謄抄本を基本的人権の侵害につながるものには使用しない旨を確認させる方法は、相手方の主張からすると差別行為につながることを防止する立場からみて、また確認書の要求それ自体も請求者に謄抄本の使用が差別行為につながらないことの自覚を促すものとして極めて妥当なものと言えよう。しかしながら、あらかじめ婚姻、就職等の調査のために謄抄本を請求する場合は、一律にこれを拒絶するとしたことには、にわかに賛同し難いものである。なるほど他の戸籍公開の原則を制限した他の市町村長の中では本人等の承諾書や委任状がない場合は一切請求に応じないとした取扱いがみられるが、これは戸籍公開の原則に反するものであり、それを考えて相手方は確認書提出の制度を定めて、上記市町村長の取扱いからみれば可成り公開の制限を緩和したのであり、またこの種の調査のために謄抄本の請求をすることは、他の目的のために請求する場合に比較すれば差別行為につながるおそれがあると言うことはできると思われるが、然しすべての婚姻、就職等の調査のための謄抄本の請求が差別行為の目的につながるものであるとか、差別行為の目的につながるおそれがあると断定することはできないし、この種の調査に使用する目的が直ちに不当であるとも考え難い。そのうえ、上記認定の如く確認書を提出しても、請求が婚姻、就職等の調査に使用する目的である場合は謄抄本の交付を拒絶するのであるから、これは婚姻、就職等の調査に使用するすべての謄抄本の請求を何らの例外的あるいは救済的措置を構ぜずに一律に拒絶することであり、この種の謄抄本請求者に重大な制限を加えることになるが、このような制限は相手方が差別行為を防止し基本的人権を擁護する目的でなされたことを考えても慎重な配慮のもとになした合理的な根拠を有する方法であるとは云えず、上記の「正当な理由」の解釈を逸脱した違法な措置であり、国から委任を受けて戸籍事務を管掌する者である相手方のこの取扱要領の措置は遵守しなければならない戸籍法第一〇条の規定に違反し無効であると言わざるを得ない。更に本件については相手方は上記要領に則り申立人の送付請求を返戻し、その際同封した確認書用紙に婚姻、就職等の調査に使用する場合は請求に応じない旨表示したのであるから、村井慎悟の就職の身元調査のため謄本を請求した申立人は、もはや確認書に所定の事項を記入して再度交付請求をし、これが他の要件をすべて備えていても、相手方が交送付に応じないと考えて本件不服申立に及んだことは肯認でき、結局相手方が申立人に対して本人等の承諾書がない限り、婚姻、就職等の調査のために使用する場合は請求に応じない旨を確認書の用紙に記入して本件交付請求書に同封して返戻し、もつて本件送付請求を拒絶した処分は不当であると言わなければならない。

よつて申立人の本件申立は理由があるので、特別家事審判規則第一五条を適用して主文のとおり審判する。

(家事審判官 伊藤敦夫)

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